2009年9月30日水曜日

9/30 水輪でアントロポゾフィーが開催されるようになった理由。

みなさん、こんばんは。
今日は水輪で国際アントロポゾフィー医学ゼミナールが開かれるようになった経緯をお話しようと思います。
水輪は34年前に塩沢研一、みどり夫妻が重い障害を持って生まれたお子さんを授かったことが原点となり開設されました。
ご夫妻のお子さんの早穂理さんは、お産の時の医療ミスで脳を損傷してしまいました。
彼女は生まれた時に自分で歩く事も、食べる事も、しゃべることも出来ないと医者から言われました。
どうしようもない悲しみを背負って、一家は長野県の飯綱高原に平穏な静けさとこころの安らぎを求めて移り住みました。
長生きできないと言われていた早穂理さんの為に、ご夫妻は身体にいい無農薬の野菜を育て、芸術を厭い、医療を学びました。
そして段々とそこに一緒に学びたいと集まってくる人の輪ができてきたのです。
その輪は湖水にできる輪のようにたおやかに広がっていきました。

直接の水輪との関係は、水輪会員の浦尾弥須子先生が作って下さいました。
浦尾先生は10年以上前から水輪にいらしていて、海外で行われていたアントロポゾフィーの勉強会に参加していらっしゃいました。
日本でアントロポゾフィーのゼミナールを広めようとした時に、ドイツの精神科学自由大学医学部門代表のグレッグラー先生にお話をしたところ、アントロポゾフィーの精神を育むのにぴったりな場所があるなら(日本で)やりましょう、と言われました。
そこで、浦尾先生が水輪を紹介したところ間髪いれずに「ここで(水輪)やりましょう。」と返事をして下さったそうです。
そして水輪は、日本で唯一アントロポゾフィー医学を勉強できる貴重な場所になったのです。