2009年7月27日月曜日

7/23 水輪ができるまで 2

みなさん、こんばんは。
水輪ができるまで1の続きです。

みどり先生は、必死で襲ってくる苦しみをどうにかしようと禅寺にも通い詰めたそうです。
禅と出会い、瞑想や座禅を通してこころが穏やかになるのを感じ、それをもっと広めていきたいと思うようになりました。
ちょうどその頃、飯綱の山奥にひとりまたひとりと早穂理さんに会いにくる人が増えて早穂理庵は、にぎやかになってきました。
「早穂理庵を誰もが禅に触れられるところにしよう。」
様々な人が集まり、早穂理さんに音楽を聴かせたい人などや勉強会を開いている内に、早穂理庵は手狭になり水輪をオープンすることになりました。

早穂理さんという障害を持った女の子から、どんどんと輪が広がっていきました。
今では、早穂理さんを中心にしてとても大きな人の輪が水輪というところを紡いでいます。
丁度、水にできる輪のように、ひとしずくから生まれた人々の愛の輪は広がっていったのでした。

これが水輪ができたときのお話です。

世間からは障害を持っていると言われていた子が、本当はすごいチカラを持っていたのです。
早穂理さんは様々な事を私たちに教えてくれます。
自分では何も出来ないけれど、その体で日々を力強く生きています。
その姿に励まされ、私たちは勇気づけられているのです。