2009年7月19日日曜日

7/18 沈黙、内省、言葉。

みなさん、こんばんは。
今日からヒル純子先生の「健康をサポートするバイオグラフィーワーク」とジェイエム氏の「ジェイエムワークショップ」が始まりました。
あいにく今朝から雨模様ですが、あまり蒸し暑くない飯綱はとても過ごしやすいです。

今日は内省・沈黙について書きたいと思います。
水輪でのワークの中に沈黙というワークがあります。
決められた一定の期間中、名前の通り、沈黙する。
ただ、しゃべらない。
すると、どうなるでしょうか・・・

全くしゃべらないわけではありませんが、仕事の話以外は一切話しません。
最初はしゃべりたい虫がうずうずとしだして、ついしゃべってしまっていました。

でも、しばらくするとしゃべろうとする言葉を飲み込んでいる自分が居ました。
そして、その言葉について深く考えるようになりました。

おもしろ可笑しくしようとする、言葉。
何かにつけて出そうになる、けなし言葉。
つい口を吐く、不平不満。

いい事しゃべってないな・・・自分。

「言葉は鉛だ」という詩を思い出しました。

どれだけ無意味な言葉を発しているのか。
そんなにしゃべっていないと不安なの?
そこまでして言葉で埋めようとしているものは何なのか・・・
それは、自分の空虚なこころなのかもしれません。

言葉はひとつひとつ大切に発していかなければ、ただの意味のない音になってしまう。
そこにこころが込められているから言霊を持った、本当の“ことば”なのだと思います。